「大学入学のお祝いに」と兄がプレゼントしてくれたのは、
「携帯に初めてカメラが搭載された」と当時盛り上がっていたSHARPの携帯電話でした。
それも、SoftbankがVodafoneでもなく、まだJ-PHONEという社名だったころ…。
「楽しい学生には、何かとコミュニケーションツールとして必要になるから」と、気遣ってくれたものでした。

Img_c2c2ca495207d99f2da83bc04aed1b19

楽しみと喜びのツールでしかなかった携帯電話が、
ある日、いつもと違った変な音を発しているのに驚きました。

画面には、
「ニューヨークで旅客機が貿易センタービルに衝突」
の文字。

初めて受け取った緊急速報は、9.11でした。


当時、笑ってばかりいた学生の私でも、「怖い」と感じるほど、平和が破壊されていきました。

周りには犠牲になられた方と繋がっている方も複数名いました。

ご両親を失ってしまった上級生の話や、その時ご両親が彼女に残したメッセージ、本社が飛んでしまいパニック状態で帰国したアメリカ人の知り合い・・・。その後始まったアフガン攻撃では、国連でインターン中だった上級生が、泣きながら救えない現地の状況を訴えていたことも忘れられません。
たくさんの悲しみを共有し、友人や上級生たちと涙を流すことで、正直、精神的に参っていたようにも思います。

そんな中で、何とか乗り越えられたのは教授たちのおかげでもあります。

「こんな時こそ学問が平和に貢献できるように」と、シラバスを(勝手に)変更し、講義を別メニューで展開した教授が何人もいらっしゃったからです。
アットホームな大学だったこともあると思います。

「世界に動揺しないように」
「人々が希望を持てるよう、私たちにできることは何か」

そう励まされた一年でした。

当時の国連事務総長は、コフィ・アナン氏。
激変していく世界の中でどのようにバランスを保ち、平和構築に貢献しようとなさっていたのでしょうか。

9.11だけではなく、
東ティモールの独立に際しても、国連総会の場ではティモールに無関心だった国際社会の在り方を、転じて協力するように決断された方です。
凛と立ちながら、その眼差しを世界へ向け続け、ご自身の立場を最大限に用いて世界を励まし続けた方と感じています。


この8月に同氏ご逝去の報に接し、衝撃が走りました。
一つの時代が終わったようにも感じますが、新たにここから始まる平和構築の形があると信じたいと思います。
9.11で閉鎖されていた地下鉄が、先日再開されたように。

9.11で犠牲になられた皆様と、
世界の平和構築に尽力されたコフィ・アナン氏に深く哀悼の意を捧げます。