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東ティモールに首都にあるAgora Food Studioの壁

無事に2019年を迎えることができました。

東ティモールの平和構築としてのCOCAMAU珈琲を取り扱い始めて、10年目。
毎月、10kgの生豆を松屋珈琲さんに焙煎していただいてきました。

ようやく1tをこえたところ。
東ティモールへの貢献には遠い数字ですが、少しでも想いを形にさせていただく機会があることに感謝です。それもこれも、東ティモールを、COCAMAU組合を、そして1192を応援してくれる人がいてくれるからこそ。

現地で活躍されているNPOのスタッフの皆様、豆を美味しく焼いて下さる松屋珈琲店の皆様にも心からのお礼を。
日々、皆様から優しい気持ちを受け取らせていただいています。

それらを糧に、今年もチャレンジしていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。

「大学入学のお祝いに」と兄がプレゼントしてくれたのは、
「携帯に初めてカメラが搭載された」と当時盛り上がっていたSHARPの携帯電話でした。
それも、SoftbankがVodafoneでもなく、まだJ-PHONEという社名だったころ…。
「楽しい学生には、何かとコミュニケーションツールとして必要になるから」と、気遣ってくれたものでした。

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楽しみと喜びのツールでしかなかった携帯電話が、
ある日、いつもと違った変な音を発しているのに驚きました。

画面には、
「ニューヨークで旅客機が貿易センタービルに衝突」
の文字。

初めて受け取った緊急速報は、9.11でした。


当時、笑ってばかりいた学生の私でも、「怖い」と感じるほど、平和が破壊されていきました。

周りには犠牲になられた方と繋がっている方も複数名いました。

ご両親を失ってしまった上級生の話や、その時ご両親が彼女に残したメッセージ、本社が飛んでしまいパニック状態で帰国したアメリカ人の知り合い・・・。その後始まったアフガン攻撃では、国連でインターン中だった上級生が、泣きながら救えない現地の状況を訴えていたことも忘れられません。
たくさんの悲しみを共有し、友人や上級生たちと涙を流すことで、正直、精神的に参っていたようにも思います。

そんな中で、何とか乗り越えられたのは教授たちのおかげでもあります。

「こんな時こそ学問が平和に貢献できるように」と、シラバスを(勝手に)変更し、講義を別メニューで展開した教授が何人もいらっしゃったからです。
アットホームな大学だったこともあると思います。

「世界に動揺しないように」
「人々が希望を持てるよう、私たちにできることは何か」

そう励まされた一年でした。

当時の国連事務総長は、コフィ・アナン氏。
激変していく世界の中でどのようにバランスを保ち、平和構築に貢献しようとなさっていたのでしょうか。

9.11だけではなく、
東ティモールの独立に際しても、国連総会の場ではティモールに無関心だった国際社会の在り方を、転じて協力するように決断された方です。
凛と立ちながら、その眼差しを世界へ向け続け、ご自身の立場を最大限に用いて世界を励まし続けた方と感じています。


この8月に同氏ご逝去の報に接し、衝撃が走りました。
一つの時代が終わったようにも感じますが、新たにここから始まる平和構築の形があると信じたいと思います。
9.11で閉鎖されていた地下鉄が、先日再開されたように。

9.11で犠牲になられた皆様と、
世界の平和構築に尽力されたコフィ・アナン氏に深く哀悼の意を捧げます。

今年の 1月下旬、フェアトレードつながりで、アフガニスタン大使館主催のレセプションに参加させていただく機会がありました。
このレセプションに集まったアフガニスタン人女性は、女性の権利向上や女性起業等に関わる人たちで、普段は現地に住んでおられます。

この頃は、アフガニスタンでテロが激しさを増し、連日ネガティブな報道がひきりなしにされていたこともあり、
「彼女たちは、どれだけ辛いことを語るのだろう…」
そんな風に思っていました。


ところが、彼女たちは悲壮の表情すら見せず、むしろ笑顔で自分たちの起業内容に加えて、お化粧やファッション、どんな家に住んでいて何に興味があるのかなど、生活の一部を見せてくれました。

スマホに映し出される彼女たちの生活のカラフルさと美しさに、驚きを隠せませんでした。
私にとってアフガニスタンとは、テロが毎日起こっていて、砂埃と炎と瓦礫のイメージしかなかったからです。
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まだ雪の残る日のアフガニスタン大使館(建物右側)

「毎日?色々あって楽しいわよ♪あなたのご家族の写真はないの?」
と尋ねられて慌てて見せると、よっぽど私の家族の方が地味に見えて、思わず顔を見合わせて笑ってしまうほどでした。


残念ながら、彼女たちと撮影した写真をここに掲載することは控えた方が良いと、レセプションにお誘いいただいた方からアドバイスを頂きました。
日本に行ったことや、東京で知り合いができたことをアフガニスタンで知られると、生意気な小娘とみられ、嫉妬の対象となり、最悪テロの標的となってしまう可能性があるそうです・・・。


思いがけず、彼女たちから商品をいただいたので、せめてお菓子でもお土産に届けようと思い、滞在先のホテルを尋ねましたが、セキュリティの関係でどうしても教えていただくことが出来ませんでした。

楽しいことや嬉しいことを自由にSNSにアップできる私の地味さと、不自由な世界に生きる彼女達のカラフルで美しい生活。
現実が突きつける社会の在りように何とも言えない気持ちになりました。


その悲しみを笑顔に変えて、紛争下でも美しく生きようとしている女性たちから、平和は待つものではなく作り上げるものだと教えられるような気がします。


昨秋参加させていただいたガザチャレンジでの受賞式においても、ガザに生きる女性起業家がスピーチの冒頭で以下のように、しかも笑いながら述べられていました。

「日本とは違い、平日はしょっちゅう停電するので、電気があるうちにスマホを充電しなければなりません。夜は基本真っ暗です。なのに、空襲を受けるとものすごい火の手が上がるから、昼間より明るくなるんですよ」。

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大使館内に飾られているバーミヤンの壁画

平和構築とは、未来を信じて希望を持ち、日々の生活を大切にすることなのかもしれません。
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同じく大使館内に飾られている復興の様子を描いた絵

「笑顔でいることを忘れないで。そして人を信じて愛することを」。


アフガニスタンの若い女性が最後に送ってくれたメッセージは、エーリッヒ・フロムの本を読んだあとの余韻のようなものを私に残していきました。

渡すことができなかったお土産を、いつかまたどこかでお渡しできることを。
そして、その出来事を自由に表現しても良い時が必ずくると信じて。